2020年7月27日月曜日

三田誠広「源氏物語を反体制文学として読んでみる」

三田誠広さんは、私とほぼ同世代の作家さんで、団塊世代の小説家と言われています。
お若い頃「僕って何」で芥川賞を受賞され、「いちご同盟」などの青春もの、「パパは塾長さん」などのニューファミリー小説を書いていらっしゃいました。
その後、「西行」とか「清盛」「空海」などの歴史小説を書くようになり、とても面白くて好きな作家さんです。
でも最近は宗教をテーマとした難しい内容のものが多く、おまけにものすごく分厚いものばかりを発表されるので、ちょっと距離をおいていました。

たまたま図書館の古典コーナーで見つけたのがこちら。
「源氏物語を反体制文学として読んでみる」です。


反体制というと、共産主義とか、左翼とかいう言葉が思い浮かびますが、源氏物語の時代にそういう思想的な勢力はなかったので、気になって借りてきました。

実はこの場合の反体制というのは、藤原一族の摂政関白体制側に対しての勢力を指すようでした。
たとえば摂政関白を置かなかった天皇(宇多天皇、醍醐天皇)の親政も反体制になるし、また皇族から臣籍降下した源氏一族も反体制、の仲間としてみているようです。

また実際に勢力を持っていた藤原道長は、藤原一族ではありますが、彼は長男ではなく、また奥さんの家(土御門殿)に婿養子のような形で入って結婚しているので、いわゆる体制側とはみなしていないのでした。

なるほど、そういう意味での「反体制」なのですね。

ところで摂政関白の時代というのは、天皇に嫁いだ娘が生んだ男の子が次の天皇になり、そしてその祖父が権力を握った時代です。

これに対して、「源氏物語」は平安時代の摂政関白が勢力を持っていた時代に書かれたものではありますが、物語の中には摂政関白は登場しません。
登場するのは、天皇、源氏、そして左大臣、右大臣です。

それで「源氏物語は反体制の文学なのだ」ということになるのですね。

なるほどね、小説家の分析は面白いものだと思いました。

また源氏物語の成り立ちについても、持論を展開されています。
実際に源氏物語の原稿(?)を読んでいた宮廷の女房達の反応を見みながら、紫式部は物語を展開したのではないか、という説にも、なるほどね、と思いました。

たとえばあまりにヒロインが美人ばかり続くと、現実はそれほどでもない普通のレベルの女房達がつまらなそうな顔になるので、適当に不美人のヒロインや、あまり地位やお金とは縁のなさそうなヒロインも用意してみた、ということも書いてありました。


 (こちらの写真は無料サイトから拝借しました)

そして三田さんはすごい想像力の持ち主だと思ったのは、作者の紫式部の娘(賢子)は、夫の藤原宣孝との間にできた子供ではなくて、道長との間にできた子供だという説でした。

その理由として、もともと紫式部の実家と道長(の奥さんの倫子)の家は道を挟んだ近いところにあり、紫式部は以前から倫子の家に遊びに顔を出していて、そのときに道長と知り合って、できてしまったのではないかというのです。
そのことを年上妻の倫子に知られるとまずいので、たまたま出入りしていた宣孝に紫式部を押し付けてしまったのではないかという、なんとも大胆な説を書いていました。

いやー、小説家というのはすごい想像力があるのですね。

そして三田さんが普通の源氏物語研究者と異なる点は、実在する女性たちの名前についてです。
たとえば中宮彰子は普通は「しょうし」と振り仮名がつきますが、三田さんは「あきらこ」と書いています。
「倫子」は「りんし」ではなくて「ともこ」です。
こちらの呼び方の方が、女性らしくて、私は納得がいきますね。

また道長の性格については、「彼はマザコンだっただろう」という説をとっていました。
そして「シスターコンプレックス」もあっただろうと書いていました。
年の離れた姉は、円融天皇に嫁ぎ、一条天皇の母となっています。
それほど力のあった姉には、道長は頭が上らなかったのではないか、と想像していました。

実は三田さんのお姉さまは、三田和代さんという有名な女優さんですが、道長のことを思い出してしまいました。

というスタンスの内容で、普通の解説本とはまるで違った立場からの本でした。
面白かったです。

ただし私がここに書いたことは、ほんの一部であり、実際はものすごく込み入ったたくさんの家系図とその解説が延々と続くので、興味のない方にはおススメしません。

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「一日一句」

長梅雨にサスペンス解く源氏もの





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