「千年の黙」はサブタイトルが示すように、源氏物語を土台としたものですが、なんとミステリー仕立てのお話なのです。
それも鮎川哲也賞受賞作というので、多くのミステリーファンも期待したと思うのですが、率直なところ、このお話は「源氏物語」や「紫式部日記」に多少でも馴染んでいないと、少し分かりにくいかもしれません。
それはともかく、平安の宮廷で起こった出来事を、紫式部がホームズ並みに謎解きをするという仕立てです。
そしてワトソン役は、紫式部のお世話をしている阿手木(あてぎ)といううら若い女性です。
「王朝推理絵巻」とでも言えましょうか。
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お話は三部構成になっていて、第一部は猫探し。
第二部は、失われた「かかやく日の宮」のお話。
そして第三部は「幻」の謎についてです。
私がとくに面白いと思ったのは、第二部です。これは現在の源氏物語では、若き光源氏と、彼の継母である美しい藤壺がいつ出会って、いつ契ったか、ということが謎めいていて分かりにくいのですが、それを解き明かすお話です。
これは源氏物語を研究する学者の間でもいろいろと論があるもので、源氏物語の構成上の問題にもなっています。つまり、かつては「かかやく日の宮」(藤壺のこと)という巻が存在したのではないか、というものです。
普通の現代人にとっては、光源氏と藤壺のお話は単によくある美しい継母と息子のロマンスとして捉えておけばそれで済む話かもしれません。でも源氏物語がちょっとでも気になる人にとっては、彼らの子供は東宮になるのですから、(もちろん世間的には、父親は帝であると思われています)いつ2人がそういう関係になったか、というのが重要な問題になるのですよね。
その辺りの話をとてもうまく組み立てています。
ところで、猫が行方不明になるという話、どこかで読んだことがあるな、と思いました。
記憶を辿ってみましたが、浅井まかてさんの「残り者」にもサト姫という天璋院の愛猫が行方不明になる話がありました。そちらは時代が江戸末期のお話ですが。
「千年の黙」が書かれたのが2003年、「残り者」は2016年出版なので、こちらの著者・森谷明子さんが先にアイディアを出しているのですね。
この物語にはいろいろな人が登場します。
帝や中宮、藤原道長をはじめ、清少納言など、実在の人物も数多く登場します。
私が面白いと思ったのは、藤原実資(さねすけ)という人です。この方は、名前だけは知っていましたが、この小説では面白い役割をしています。彼は「小右記」という日記(覚え書きのような文書)を毎日毎日、50年間も残していた学識の高い人です。
その謹厳実直の塊のような彼が、実はこっそりと紫式部という中年女性が書く「源氏物語」を読んでいて、早く続きを読みたいものだと願う場面など、とても面白く思いました。
という具合に、この小説は単なる思いつきだけで書かれたものではなく、すごくまじめに多くの参考資料を読み込んだ上で書かれた小説です。つまり単なる推理小説を超越しています。
いやいや、千年前に書かれた源氏物語ですが、いろいろなバージョンがあるものだと思いました。
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「一日一句」
冬ごもり千年前のミステリー
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