だいぶ日にちが経ってしまいましたが、世田谷に長いことお住まいで、私と同名のToshikoさんとのミニトリップの続きです。
前回(2月13日)のブログでは、世田谷区にあるウテナ化粧品が超高級老人ホームになった話を書きました。
今回はその後のお散歩の話です。
老人ホームの周囲をのんびりとブラブラしました。道はかつての水路跡でしょうか、くねくねと曲がっていました。
こちらはその一角に建っていたマンションの玄関脇にある階段状の池です。
オシャレな作りですが、隣の石を見るとかなり時代がかっているようでした。これはウテナの社長宅があった昭和初期の石なのでしょうか。
Toshikoさんの話によると、このあたりにはゴルフ練習場や、女子向きの学生会館などが建っていた時期もあったそうです。また現在、高級スーパーの成城石井が入っているところは、以前はサンマルクベーカリーのレストランだったとか。いろいろと変遷があった場所なのですね。
思い出話は尽きませんでした。
少し別のところを歩いてみることにしました。
まずはウテナの脇にある「泉橋公園」からスタートしました。
「泉橋」という名前が付いていましたが、橋の跡は見つかりませんでした。
公園の脇にはフェンスに沿って細長い道のようなところがありました。川と関係あるのでしょうか?
世田谷区のマンホールのようです。
公団住宅の中を通っている道です。
少し行くと、烏山神社がありました。
またこのあたりには泉沢寺という寺がありました。1491年に吉良氏の菩提寺として作られたそうです。その後、寺は火災により建物が消失したため、吉良氏の子孫が16世紀中頃に中原街道沿いに再建したそうです。当時、吉良氏は世田谷や川崎、横浜まで勢力を持つ一族でした。
実はその泉沢寺は、現在の川崎市中原区元住吉の近くにありますが、その辺りには私が歩き続けている二ヶ領用水が流れているのです。
なんだか不思議なご縁ですね。
こちらは、先月、着物の集まりで元住吉に出かけた時に写した写真です。泉沢寺のイラストが見えます。
話がそれてしまいましたが、烏山神社の近くには広い公団住宅がありました。現在ではURと呼ぶそうですね。
公園も広々として、なかなか住みよさそうなところでした。昔の団地のイメージとはだいぶ変わっていますね。
喉も乾いたので、カフェでちょっと休憩。このところ、無性に甘いものを欲しています。
なんとToshikoさんのおばあさまは、私が子供の頃から住んでいた地域のごくごく近所にいらっしゃったということが分かりました。
もう昔の話なので、記憶の彼方になってしまいましたが、そこにあった病院や八百屋さん、魚屋さんなどの風景が、私の脳裏にだんだんとはっきりと浮かび上がって来たのでした。
まだ昭和30年〜40年代の話です。私はきっとスカートをひらひらさせて、石蹴りなどをして遊んでいた頃です。いつも一緒に遊んでいた近所のSちゃんの顔などが思い出されました。
川歩きはあまりできませんでしたが、烏山地区のいろいろな歴史や、昔のつながりなどが見えてきて、懐かしくも面白いひとときを過ごすことができました。
長く生きていると、色々な繋がりがあるものですね。
Toshikoさん、案内していただき、ありがとうございました。
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この日の装い。
facebookつながりで頂いた水色の紬。ぼかしになっています。ちょっとサイズが大きめかな。
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