植松三十里さんの「帝国ホテル建築物語」を読んで、昔の旅行を思い出しました。
本の最初のシーンは、古くなった帝国ホテルを犬山にある明治村に移動させる場面から始まります。谷口吉郎らが中心になってその運動が始まりました。1967年に解体が決まり、翌年から移動される頃の話がスタートでした。
そして帝国ホテルのライト館は、1985年に明治村に再建築されます。
私は2013年に明治村に遊びに行っていました。その時、そのライト館を目の当たりにして、大いに感激したものです。その時のブログ▼です。
ライト館は、外観も素敵。
そこには建築家、ホテル支配人、労働者たちがたくさん登場しますが、ライト館が大正12年(1923年)に出来上がるまでの苦労が、プロジェクトXのように丁寧に描かれています。
彼らはみな、ホテルを作ることに情熱をかけていました。
登場するのはライトをはじめ、実在の人物ばかりです。ライトの指示はとても細かく、また何回も設計が変更されるので、現場の人間とはたびたび衝突を起こしていました。また彼は家庭的には問題がある人だったらしく、そのことでトラブルもあったそうです。
ライトと日本人たちとのお互いの意思疎通が合わずに衝突が多く、そして火災などもあって、さまざまな苦労を乗り越えてようやくオープンした帝国ホテルですが、なんとその日に、関東大震災の勃発に遭遇してしまいます。なんということでしょう。
それでも帝国ホテルは次々に襲ってくる不運に打ち勝って、そして姿も次々に変えていきます。
彼らのものづくりに対する情熱もすごいのですが、不思議な人間の繋がりもあり、熱いものを感じさせられます。
私の旅ですが、明治村の次に出かけたイナックス▼でもライトの足跡を見ることができました。このようなレンガ一つ一つの積み重ねが、重厚なホテルを作り上げていたのです。
本を読みながら、7年前の旅行を思い出していました。
(まだ若かったですね)
自分が読んだ書物と、自分が出かけた旅が繋がるのはとても嬉しいことです。
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蘇る旅の思い出冬の空
4 件のコメント:
やっぱり帝国ホテルには行きたくなりますね。今は使われていない建物を見るのはあまり好きではないのですが、改めて素敵なデザインだと思います。としちゃんの着物歴も長いですね。
もし名古屋に住んでいる友人がまだ生きていたら連れて行ってもらおうかしら・・他にも有松絞の街とか徳川の美術館も行ってみたいです。
名古屋から明治村までは小一時間くらいだったかしら?
色々な建物があり、楽しいところでした。
有松は名古屋の手前ですので、明治村と同時に行くのはきついかな。
徳川美術館もよいところです。利用したことはありませんが、そこのレストランは
格調高くておいしいとか。
名古屋は仕事も兼ねて、かなり何回も訪れました。
いずれにせよ、コロナが終息しないと、旅の計画も立てられませんね。
私も仕事で2回ばかり名古屋と岐阜に行ったことがありましたが、建築家の友人がアッシー君をしてくれたことがありました。旅行で行った時に同じ建築科を出た人が明治村に勤めていて一度明治村に行ったことがありました。木曽旅行のついでに寄ったのだったけど、何見てきたのかしら?たくさん建物ありましたよね。どっちにしてもコロナが終息しないと老人は旅行もできませんね。湖東に行けて良かった。1月に奥能登も申し込んでいたけど、東京都の発表の前にキャンセルしていました。
急に名古屋に行きたくなりました。
本来、旅行は行きたい時に行くものですけど、
今はそれが叶いませんね。
琵琶湖東へ行けたのは良かったですね。
私もまた行きたいです!
今はじっと我慢の季節ですね。
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