(この文章は、前に書きとめておいたものに追加したものなので、どこかで書いたものと、だぶっている部分があるかもしれませんがご了承ください。)
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英吉利、流石、鋸、栗鼠、提灯、蛤、太刀魚、鱧、蹴鞠、蒲鉾、鰈、花魁
これって読めますか?
もちろん普通の大人の人なら読めて不思議はないと思うのですけれど、実はこれは認知症で、「さっき食べたものも思い出せない」ような私の母の漢字テストでした。
あるとき、母のいるホームの部屋で、この漢字テストの用紙を見つけました。
漢字に振り仮名を振りなさいという問題で、1ページに約70問くらいの漢字が書いてあります。
そこに母はえんぴつで振り仮名を振っていたのですが、私がみたところ、95パーセントくらいは正解でした。
上の漢字の中では「鱧」を「ぶり」としていましたが、これは「はも」が正解。
でもこれだけできたのには、驚きました。
「おかあさん、これ、ほとんどできているわよ。すごいねー。」と言うと、
「文章の中に書いてあればすぐ読めるのだけど、漢字だけだとなかなか難しいね」というのです。
そりゃそうですよね、文章の流れの中にあれば、だいたい見当がつきますもの。
それを漢字だけ読めたのは、かなりすごいものです。
試しに、「おかあさん、この漢字のテストはいつやったの?」と聞いてみましたが
「さぁね、忘れたよ」との返事。
「どこでこの問題をやったの?」と聞いても同じ。
「さぁ、どこだったかね」とまるで答えになりません。
「お母さん、記憶が残るのと、問題が解けるのとどっちがいい?」と尋ねると
「記憶があるほうがいいよ」とのこと。
「でも記憶力はあっても、漢字が分からなくなってしまうと、新聞も読めなくなってしまうわね」というと
「そりゃ、そうだね、どっちがいいんだろうね」と答えました。
昔の記憶が残っていることと、現在の記憶が残ることとは脳の中の違う分野の働きだとは思いますが、
これだけ漢字が読めるのに、自分がどこにいるのか、それすら分からなくなっている母です。
娘としては難しい漢字を読めることよりも、少しは記憶力が戻ってほしいと思うのは無理なことなのでしょうね。
母と会話をしていると、いつもあまりに同じことばかりの繰り返して、付き合うのも嫌になるのですが、
「おかあさん、自分の名前と生まれた日にちだけは覚えているでしょ。それだけで十分よ」と言って慰めるよりないのです。
いつか私も母のようになってしまうのだろうと思いますが、その時に私は何を覚えているかしら。
着付けの手順は覚えているかしら。
2 件のコメント:
お母さん、すごいですよ。恥ずかしながら、私は80点くらいかな。
同じことを繰り返し話すのは、ウチの母も同じです。私も娘に、「それ、前にも聞いた」と言われることがあります。
「私はボケないわ」と心のどこかで思っていても、将来はわからないわね。
「そのときはよろしく」と娘たちに言ってあります。「迷惑はかけない」とは、言いきれないものね。
マサさんのお母様はまだまだ頭脳明晰よ。
うちの母は、「あんたはどこに住んでいるのか」と「あんたの旦那は何をしている人なの」しか話せないのよ。もう何百回答えたことか・・・。
こちらの質問は何を聞いても「忘れた」ばかりだしね。
でも私もそうなる傾向があるわね。
ボケたほうが勝ちかも。
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